大阪高等裁判所 昭和27年(う)1687号 判決 1953年7月13日
控訴人 被告人 辻宇一 外四名
弁護人 池田覚太郎 外五名
検察官 藤原正雄
主文
原判決中被告人辻宇一、同金銅伊太郎、同木原実、同今川秀次に関する部分を破棄する。
被告人辻宇一を懲役四月に
同金銅伊太郎、同木原実、同今川秀次を各懲役参月に処する。但し、被告人辻宇一、同金銅伊太郎、同木原実、同今川秀次に対し、本裁判確定の日から各四年間右刑の執行を猶予する。
被告人今田寅治郎の本件控訴はこれを棄却する。
理由
本件各控訴の趣意は、被告人辻宇一の弁護人池田覚太郎並びに同梅本敬一、被告人金銅伊太郎並びに同今川秀次の弁護人辻本幸臣、被告人木原実の弁護人一木正光(但し第四点は徹回につき除く)、被告人今田寅治郎の弁護人亀田得治、同横山義弘(連名)各作成の控訴趣意書記載のとおりである。
被告人辻宇一の弁護人池内覚太郎の控訴趣意及び同弁護人梅本敬一の控訴趣意第一、第二点について
原判決は、被告人辻宇一に関し、「被告人辻宇一は、昭和十三年一月頃、岸和田区裁判所及び堺区裁判所で賭博罪により各罰金六十円、同二十四年四月二十五日富田林簡易裁判所で同罪により罰金五千円に処せられ………たものであるが………常習として前項記載の日時場所で骨牌等を使用し金銭を賭し、俗に手本引と称する賭銭賭博を為し」と判示し、証拠説明において判示常習の点は同被告人が前認定のように賭博罪により処刑せられた事実に加え、更に本件を敢行した事跡に徴してこれを認定する、と説示しておる。そこで、池内弁護人は前記昭和十三年一月頃の罰金刑の前科は刑法第三十四条ノ二によりすでに刑の言渡の効力を失つておるにかかわらず、原判決が右の前科を資料として常習賭博と認定したのは違法である。と主張するのである。記録に徴すると、同被告人が昭和十三年一月頃賭博罪により罰金刑に処せられその執行を終つてから罰金以上の刑に処せられることなくして五年を経過しておることが明らかであるから、右の前科については、すでに刑の言渡の効力を失つておることは所論のとおりであるが、刑法第三十四条ノ二にいわゆる刑の言渡はその効力を失うというのは、将来に向つて刑の言渡による法律上の効果を失うという意味であつて、その者が以前に犯罪によつて処罰せられたという事実まで消滅するものではないから、同法条によつて刑の言渡の効力を失つておる前科であつても、同被告人が賭博罪により罰金刑に処せられたという事実を以て同被告人に賭博の習癖のあることを認定する資料とすることは違法ではない。しかしながらこれを基礎として賭博の常習性を認定するには、前科たる賭博行為と、現に問擬せられておる賭博行為との間において、賭博の習癖があると認め得べき時間的関連が存在し、これらを包括して単一な賭博の習癖の発現があつたものと認め得る場合でなければならない。原判決によると、同被告人は、昭和十三年一月賭博罪により罰金刑に処せられ、次に昭和二十四年四月二十五日同罪により罰金刑に処せられたのであつて、その間に十一年有余の歳月を経ており、また、本件の賭博行為から見れば十四年余を経過しておるから、前記昭和十三年一月の賭博前科が一個であるか二個であるかの調査はしばらくおくとしても、右昭和十三年の前科たる賭博行為とその後の賭博行為との関係においては、被告人に賭博の習癖があると認め得べき時間的関連性がないものと解するを相当とする。原判決が右昭和十三年一月の賭博前科を以て賭博常習性認定の資料にしたのは法令の解釈適用を誤つておるが、同被告人及び東房次郎の検察事務官に対する各第一、第二回供述調書によると、同被告人の前記昭和二十四年の賭博前科は本引賭博であること、同被告人は、その後、昭和二十七年一月末頃及び同年二月末頃、原審相被告人東房次郎方において本引賭博をしたこと、同被告人が原判示の日現金一万二千円を持つて右東方に行つて本件の手本引賭博を為し、その胴師となつたことを各認め得るから、前記昭和十三年の賭博前科を除いても、上記の事実だけで、被告人に賭博の習癖があり、本件賭博は右習癖の発現として為されたものであることを認定することができるので、原判決が本件を常習賭博と認定したのは結局において正当であり、前記の違法は判決に影響を及ぼさないと言える。論旨は理由がない。
被告人金銅伊太郎、同今川秀次の弁護人辻本幸臣の控訴趣意第一点について、
原判決によると、被告人金銅伊太郎は、賭博罪により(一)昭和十九年五月三日罰金八十円(二)同二十一年八月七日罰金二百五十円(三)同二十三年十二月二十一日罰金五百円(四)同二十五年四月二十一日罰金二千円に各処せられ、被告人今川秀次は、同罪により(一)昭和二十四年十二月七日罰金千円(二)同二十五年四月二十一日罰金三千円(三)同二十六年十二月十三日罰金五千円に各処せられたにかかわらず、本件の手本引賭博をしたのであつて、右の事実は原判決の挙示する証拠によつて明らかであるから、同被告人等に賭博の習癖がありその発現として本件賭博をしたものであることを認定するに十分である。原判決の事実認定は正当であつて、論旨は理由がない。
被告人木原実の弁護人一木正光の控訴趣意第一ないし第三点について、
同弁護人は起訴状の記載を非難するけれども、起訴状には、「常習として骨牌等を使用し金銭を賭し俗に手本引と称する賭銭賭博を為し」と記載してあるから、常習賭博罪の表示として十分である。従つて原裁判所が右の起訴状を受理して審理判決したのは少しも違法ではない。原判示事実並びに援用の証拠を綜合すれば、同被告人は、昭和二十二年三月十二日から同二十六年十一月二十八日までの間前後五回にわたり全部本引賭博によつて各罰金刑に処せられておるにかかわらず、更に金銭を賭して本件の手本引賭博をしたことが明らかであるから、同被告人が農業に従事しておると否とにかかわらず、賭博常習者であることを認定するに十分である。論旨は理由がない。
被告人今田寅治郎の弁護人亀田得治、同横山義弘の控訴趣意について、
原判示事実並びに援用の証拠を綜合すると、同被告人は、いずれも本引賭博をして、賭博罪により(一)昭和十七年八月七日罰金八十円(二)同十九年七月十六日罰金三百円に、常習賭博罪により(三)同二十二年二月七日懲役四月(四)同二十三年五月十三日懲役四月に、賭博罪により(五)昭和二十五年十月十九日罰金五千円に、各処せられた賭博並びに常習賭博の前科がある上に、更に本件の手本引賭博をしたことが明らかであるから、同被告人に賭博の習癖があり、本件の賭博はその発現として為されたものであることを認定するに十分である。原判決の事実認定は正当であつて、実験則違反や自由心証の過誤に基づく事実の誤認はない。論旨は理由がない。
被告人辻宇一の弁護人梅本敬一の控訴趣意第三点、被告人今川秀次、同金銅伊太郎の弁護人辻本幸臣の控訴趣意第二点、被告人木原実の弁護人一木正光の控訴趣意中量刑不当を主張する点について、
本件記録及び原裁判所において取り調べた証拠を精査し、本件犯行の動機態様、家庭環境、その他諸般の事情を考慮すると右の被告人等がそれぞれ常習として手本引賭博をしたのは厳重に戒むべきであるが、同被告人等はいずれも、定職を有するもので、賭博を業とする者ではないこと、娯楽機関の少い農村に居住しておること、また最近における射こう心をあおるような社会風潮が国民を毒する事実に鑑がみ被告人等だけを重く処罰するわけにもゆかない。被告人等は改悛の情顕著であるから、しばらく刑の執行を猶予し、改悛の実をあげさせる方が刑政上妥当であると思われるので、量刑に関する論旨は理由あり、原判決は破棄を免れない。
よつて、刑事訴訟法第三百九十七条、第三百八十一条に従い原判決中、被告人辻宇一、同金銅伊太郎、同木原実、同今川秀次に関する部分を破棄し、同法第四百条但し書によつて更に判決をし、同法第三百九十六条に従い被告人今田寅治郎の本件控訴を棄却する。
原判決が被告人辻宇一、同金銅伊太郎、同木原実、同今川秀次について認定した事実に、各刑法第百八十六条第一項、第二十五条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長判事 瀬谷信義 判事 山崎薫 判事 西尾貢一)
弁護人池内覚太郎の控訴趣意
一、原判決ハ法律ニ違反シタル理由ヲ附シテアル
イ、原判決理由中、被告人辻宇一ハ、昭和十三年一月中賭博罪ニヨリ二回処罰サレタ前科二犯アリト認定シテアル、コレハ、刑法第三十四条ノ二違反デアル、記録二百二十一丁、戸籍吏回答書ニモ昭和二十四年四月賭博初犯罰金五千円トノミ記載アル、仮令昭和十三年一月中賭博罪ニヨリ罰金ニ処セラレタリトスルモ刑法第三十四条ノ二ノ条件ニヨリ、既ニ効力ヲ失ツテ居ル、コレヲ前科ト認定シテ居ルコトハ法律違反デアル
ロ、コノ法律違反ニヨリ、次ニ述ベル如ク、単純賭博罪トシテ律スベキデ常習賭博ト認定スルコトハコノ誤ガ判決ニ影響ヲ及ボスベキ法律違反デアル
二、事実ノ誤認ガアル
被告人ハ記録第二百二十一丁が明示スル如ク昭和二十四年四月賭博罪初犯罰金五千円ニ処セラレ、今回再犯デアル、賭博ノ再犯者ヲ直ニ、常習者ト認定スルコトハ甚ダ酷デ事実誤認デアル、前段叙シタル通リ昭和十三年ノ既ニ法律上失効シタル二犯ヲ加ヘ賭博前科四犯ト認定シタル法律違反ガアルノデ斯ク常習賭博ト認定スルニ至リタルモノト思料セラル、モ、コレハ刑法第三十四条ノ二ヲ制定シタル趣旨ニ違反スルモノデアルカラ、原審判決ヲ取消シ、単純賭博罪トシテ罰金刑ニ処セラレンコトヲ求ム
弁護人梅本敬一の控訴趣意
原審は右被告人に対する賭博被告事件に於て昭和二十七年四月二十八日府下南河内郡高向村字高向八百六拾八番地東房次郎宅に於て俗に手本引と称する賭銭賭博を為したることは同被告人の自白自認する処によつて曩に岸和田区裁判所及堺区裁判所並に富田林簡易裁判所に於て賭博又は常習賭博罪によつて処分せられたる事実に加えて右犯行の敢行は正に常習賭博罪なりとして刑法第一八六条第一項を適用して懲役四ケ月に処せられたるものであるが、
第一点原審判決には事実の誤認があり従つて法令の適用に誤りがあると信ずる。
即ち本人の自供自認によつて昭和十三年一月頃岸和田区裁判所及堺区裁判所で賭博罪により各罰金六拾円也昭和二十四年四月二十五日富田林簡易裁判所で同罪により罰金五千円也に処せられ何れも夫れは常習として処罰されたと認定している然しこれは真事実にあらず従つて本人の供述は何等かの錯誤に基くものなりと信ず依是観之は原審判決は被告の前科の事実認定に誤認があると信ず。 証拠 昭和二十七年五月二十一日大阪南河内地区警察署長の被告人に対する前科処罰の有無に対する回答書によれば昭和十三年一月十六日逮捕せられ堺区裁判所検事局で起訴せられ同年二月一日堺区裁判所の判決で罰金六拾円也に処せられたことが認定せられ更に横山村長井上耕治の回答調書によれば昭和二十四年四月二十五日富田林簡易裁判所に於て初犯賭博として罰金五千円也に処せられた事実を各認定する証拠以外に更に認定すべき何等の証拠なし。
第二点刑法第一八六条第一項による常習賭博罪の認定は事実の誤認である。
即ち前叙の通り賭博の前科に対する事実の誤認があり而して昭和十三年一月の賭博と昭和二十四年四月二十五日の賭博との間には十一年余の多大の日時の中断があり而も何れも友人に誘はれてやつたものであつて夫等は裁判所も習癖として賭事をなしたるものでなく又左様な常習賭博罪の認定もないのである。殊に富田林簡易裁判所の如きは初犯と認定して居るのである。而も今回の賭博も全く他より誘はれてやつたものであつて所謂娯楽としてやつたものである。賭銭の内にも賭銭に事実上使用せない札に折り目のかつちりした懐中のもの迄も検査した警察官が引出して無理から賭銭にして送致した事実があるのである。
被告は昭和二十四年四月以来敗戦後国民的の娯楽もなく世間一般的に道義の退廃した時に而も満参年余の間に於て只の一度も賭博をなしたる事実なく今回の検挙の時に偶発的にやつたに止まるのであつて反覆して賭博行為を為すの習癖があるとは言ひ得ぬものであると信ず。依つて原審判決は此点に於て事実の誤認ありと信ず。証拠 第一点に対する前科調書を援用す。
第三点原審判決は刑の量定が不当に重罪なりと信ず。即ち第一、第二点に述べる処を綜合的に考覈し事実の真相を検討し本人が改悛して居る事実に徴して懲役四ケ月は余りにも苛酷である。本人に習癖なく前非をいたく悔悛し将来絶対にやらぬと誓つて居る以上実刑の必要は自戒の為めには元より他戒の為めにも必要なしと信ず。
証拠 第一点の証拠の援用並に被告人の法廷及び検察庁の改悛せりとの供述並に将来やらぬとの各供述を援用す。
(その他の控訴趣意は省略する。)